入江泰浩 INTERVIEW:異例の全話絵コンテ|最新監督作『ヒーラー・ガール』で切り拓いたTVミュージカルアニメの新たなカタチ

ブログ Text_齋藤裕介
2022年07月11日

入江泰浩(いりえ・やすひろ)

Toon Boom日本支社は、Toon Boomのソフトウェアと日本のクリエイターたちの関係にフォーカスしたインタビューシリーズ『Toon Boom Interview Files』の連載をスタートします。第1弾となる今回は、2022年春にTOKYO MX、BS11で放送されたTVアニメ『ヒーラー・ガール』の原案・監督を務めた入江泰浩氏のインタビューをお届けします。
入江氏が、「今作の肝であるミュージカルシーンの実現に大いに役立った」と語るように、彼の制作に欠かせないツールだった絵コンテソフトStoryboard Pro。本記事では『ヒーラー・ガール』の事例からStoryboard Proの可能性についてお聞きしました。

Interview: Yusuke Saito (Toon Boom Japan)

Text: Ryosaku Onodera (Courtesy of Toon Boom Japan)

Photo: RealCRO (Courtesy of Toon Boom Japan)

Healer Girl Poster © Healer Girl Project

ー 日本のToon Boomユーザーの生の声を聞きたいと思った時に、30年以上の業界経験と、JAniCA[注1]の代表理事の立場で様々な声を聞いている、入江監督が適任だと思いました。日頃からSNSやYouTubeでStoryboard Proという製品の魅力について発信いただいていたのが印象的で、(インタビュー実施時の2022年6月15日時点で)『ヒーラー・ガール』の制作が完了したタイミングで、ぜひ直接お話をお聞きしたいと思っていたんです。早速ですが、Storyboard Proを使いはじめたきっかけを教えてください。

入江泰浩(以下:入江)私がStoryboard Proと出会ったのは2017年なので、使い始めて5年ほどですね。当時は、デジタルで絵コンテを描き始める人がようやくちらほらと出はじめてきた頃で、私もStoryboard Proのように絵コンテに特化したソフトがあるとは全く知りませんでした。たまたま噂を聞きつけて体験版をダウンロードして使ってみたら、タイムライン上で映像も音楽も編集できて、すぐに機能とインターフェースを気に入りました。それからは、ほとんどStoryboard Proで描いていますね。

ー それ以前は、紙と鉛筆で描かれていたということですね。Storyboard Proへの移行はスムーズでしたか?

入江 そうですね。絵コンテは、30代で演出や監督の仕事をするようになってから、かれこれ15年以上紙と鉛筆で描いていました。その方法に慣れてはいたんです。ただ、結局コンテ撮影(絵コンテをムービー化)したいと思った時に、描いた絵コンテをコマごとに抜き出して動画ソフトに入れて、タイムラインに並べたり音に合わせたりする作業に手間がかかるなと常々感じていました。Storyboard Proではビデオコンテを作成できるし、レイヤーもアニメーション化できるというところが良かったです。

移行はストレスなく行えましたね。そもそも、紙と鉛筆は嫌だなという思いは20代の頃からあったんです。だって、当たり前の事ですが鉛筆で描いたものを描き直す時って消しゴムで消さないといけないじゃないですか。おまけに私は筆圧がすごく強くって(笑)描いている時間より消している時間の方が長いんじゃないか? っていう時も結構ありました。

ー やはり試行錯誤を繰り返し、その結果を即座に音と合わせてムービーに反映してチェックしたいという要求に答えられていることがStoryboard Proを使い続けるいちばんの理由ということなのですね。
最新監督作の『ヒーラー・ガール』では、入江監督が自らシーズン全話の絵コンテを担当されていましたね。(TVアニメの監督は通常、第1話と最終回の絵コンテのみを担当するのが通例だと認識していたので、)これは大変異例なことだと思います。どうしてだったのでしょう?

Healer Girl Shot © Healer Girl Project

『ヒーラー・ガール』 入江泰浩監督によるオリジナルTVアニメ『ヒーラー・ガール』は、歌でケガや病気を治す "音声医療"を使う "ヒーラー"たちを中心に、時には患者の精神を安定させ、時には外科手術時の患者や執刀医のメンタルケアを施す、国内TVアニメでは新しいジャンルである医療ドラマミュージカル。

入江 実はこの企画は、私の「ミュージカルアニメーションをTVシリーズでやりたい」という個人的な思いからスタートしているところが大きいんです。それをバンダイビジュアルさん(現バンダイナムコフィルムワークス)に相談して実現に漕ぎ着けたというか。なので思い入れがあったのはもちろんですが、いちばんの理由はミュージカルシーンの絵コンテを描ける人間が自分の知る限り他にいなかったからです。
日本国内でアニメ系の演出や監督をされている方の中には、ミュージカルが大好きでアニメでやってみたくて仕方ないという人が必ずいるとは思いますが、自分はそういう人を知らなかったし、「あの人ならできるかな」という人はすでに監督業で忙しくされてますしね。だから本作では、絵コンテを描くのは自分だろうなと思っていましたし、特にミュージカルシーンに関しては絶対に私が描かねばという強い覚悟は最初から持っていました。

ー ミュージカルを日本のTVアニメでやること自体、とても挑戦的な試みですよね。

入江 週間のTVシリーズでミュージカル作品をやるというのは、まだ誰も手をつけていないジャンルでした。話を持ち込んだ時も、これをやることはアニメの新しい可能性を切り拓くという意味でも面白いんじゃないかという話になり、スタートしたんです。ミュージカル作品自体は、20代の頃から実写映画だったりディズニー作品で見る機会はありました。ただ、当時自分がやっていたTVアニメとか、日本の映像技術からすると自分に縁のないジャンルだろうと感じていましたね。あそこまでずっと動かし続けて、ずっと歌い続けるアニメーションを作るのは、アニメーターをやっていた当時の自分からするとTVではもちろん、劇場作品だったとしても映像技術や人材的に日本では作れないんじゃないかと思っていました。

ー 今回「やれる!」と思えたきっかけはなんだったのでしょうか?

入江 いくつかの作品を見る過程で、ひょっとしたら日本でも、しかもTVシリーズでもできるんじゃないか? って気持ちを切り替えられた瞬間がありまして。それがアニメーター視点ではなく演出家・監督家視点でミュージカルを見はじめた時です。例えば、映画『プリンス・オブ・エジプト』(1998年、ドリームワークス)や、最近では『アナと雪の女王』(2013年、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ)をアニメーターの視点で見た場合、どうしてもキャラを動かし続ける、リップシンクし続けるっていう部分に目が行きがちでした。それを演出家や監督の視点で見ると、動かし続ける、リップシンクし続けること以上にキャラクターの気持ちを歌に乗せて表現するという演出の部分がミュージカルでは重要なのでは、という気づきがあったんです。

演出部分を、映像の中に組み込むのであれば、必ずしも動かし続ける部分に注力する必要はなく、むしろ日本のお客さんが慣れ親しんでいる日本のTVアニメの動かし方を、ミュージカルとしてやることが可能なのではないかと徐々に思い始めました。つまり、自分がTVアニメでやっている演出手法をそのまま応用して、キャラクターの心情を伝えれば良いのだと。

ー キャラクターの心情表現をいちばんのポイントに据えたことで、日本のミュージカル作品としてひとつの形を見出せたということですね。となると制作過程ではやはり演出家の責任が大きくなりますよね?

入江 そうなんです。そこで、先程の私が全シーンの絵コンテを描いたという話に繋がるわけです。結局ミュージカルシーン以外も全て私が絵コンテを描きましたが、それは日常シーンでキャラクターの心情を丁寧に描き、伏線として積み重ねていき、見せ場であるミュージカルシーンに繋げていくということが『ヒーラー・ガール』では重要でしたし、私がいちばんに目指した形だったからです。

ー 丁寧な日常描写あってこそ、ミュージカルシーンでの感動が倍増する。作品を拝見してまさにその通りだと思いました。
ミュージカルシーンの制作についてもっとお聞きしたいと思います。振り付けは絵コンテ時にVコンテ化したのですか?

Irie Storyboarding

入江 キャラがずっと踊り続けるような他のアイドルアニメでは、振付師に依頼してそれをモーションキャプチャーで収録するといった色々な工程が必要になることが多いですね。『ヒーラー・ガール』の場合は、これまでのTVアニメの感情表現の手法を使うのが主眼にあったので、ミュージカルシーンであっても、日常シーンで出てくるような自然な身振り手振りの延長上の仕草として踊りを表現しました。それなら絵コンテで作り込む方が目的に合致していますし、そういう点では振付師やモーションキャプチャーを全く必要としなかった作品でしたね。

ー 挿入歌と絵を合わせる作業はどのように行われたのでしょうか?プレスコされている部分もありますか?

入江 もちろん最終的にはキャストの皆さんが歌った音源に合わせて口の動きを微調整していく工程はありますが、それを抜きに考えれば全てアフレコでやっています。大まかな手順を説明すると、まず絵コンテ段階ではまだ音源がありません。なので既存のミュージカルソングや映画音楽を仮音源として使って、絵コンテを描いていきます。ここで出来上がった絵コンテを作曲家の高橋諒さんにお渡しして、大まかな尺とシーンの展開を伝えて作曲してもらいます。そして上がってきた高橋さんの曲のメロディに合わせてまたコンテを調整します。その後作詞家の松井洋平さんから仮歌が届きます。ここでようやくキャラの口の形が「あ」なのか「お」なのか割り出せるようになるので、その情報を作画さんとアニメーターさんに渡して口パクの作画をしてもらう感じですね。最終的にはキャストの人たちが歌った本番テイクに差し変わります。この段階でも口パクが少しズレることもあるので、最後の調整を行うと晴れて完成というわけです。

Irie Storyboarding

入江 こういったアクロバットなやり方ができたのもStoryboard Proを使っていたからだと思います。使っていなければ、曲が出来上がる前の絵コンテムービーの制作にしても、編集さんとか撮影さんとか、色々な人を巻き込んで、いちいち上がってきたものをチェックして「ああじゃない、こうじゃない」っていうやりとりをする必要があったでしょう。それがStoryboard Proを使うことで、私ひとりの作業で完結できたのが本当に大きかったです。そして、このソフトを使って私が描いたものを、次の工程の作業者に共有するのもかなりスムーズに行えました。私のコンテを受け取る方の作業環境がデジタルでもアナログでも、違和感なく進められました。そういった点も嬉しいですよね。今後もこういった映像を作る時には必ずStoryboard Proを使っていくと思います。

Healer Girl Storyboard © Healer Girl Project

ー 入江監督の作業としては、Storyboard Proのみで行われたのでしょうか?

入江 と言いたいところなのですが、95%といったところでしょうか(笑)背景にロケ写真を使いたかったり、夕日のグラデーションなんかを表現したかったりする時は画像ソフトを使いました。それから、ブラシツールで色を塗ったりするのは操作が慣れている他のソフトを使う時もありました。ただ、コンテ作業が全て終わった後に、Storyboard Proのセミナーを受講する機会がありまして、そこで初めて塗りの機能も充実していることを知りました。事前に知っていたらStoryboard Proだけでやっていましたね。

ー セミナーへのご参加、ありがとうございました。参加されてみていかがでしたか?

入江 初めて使う人はもちろんですが、何年も使っている人でも、本当は便利な機能があるのにそれを知らなかったり、何年も使っているからこそ自分の手の速さで補って無駄にカロリーを消費してしまったりする事は、Storyboard Proに限らずいろんなソフトでもありますよね。そういう意味で基礎コースは、長年使っている人が取りこぼしている部分、取りこぼしていることにすら気づいていない部分を知るとてもいい機会になると思います。

Irie Storyboarding

ー セミナーといえば、入江監督はJAniCA[注1]の代表理事としてアニメーターや演出家をサポートする活動をされていますよね。

入江 はい。デッサン、クロッキー、パース、人体解剖学などの講座を開催して若いアニメーターの技術と知識を上げる活動も行っています。
やっぱり後進の育成はとても大事なんです。現状のアニメ業界では、若い人の多くが高い報酬を得る機会がありません。むしろ普通の報酬自体も保障されない、報酬を得ることが難しい状況が未だ続いている業界です。ただ今は作品自体はたくさんありますので、技術があれば良い仕事と安定した収入を得られます。だから、若いアニメーターたちが自分たちの技術向上に専念できる場を作りたい。JAniCAで開催している講座もそういった思いで取り組んでいるものです。まだまだ問題は山積みですし、話せばきりがないのですが、まずは我々の世代でこの業界に関わる一人ひとりが意識を持って変えていかなければならないと思っています。

ー 本日はありがとうございました。最後に今後の活動や告知などがあればお願いします。

入江 今後の活動としては、『ハロウィン・パジャマ』という短編アニメーションを今年の10月31日にYouTubeにアップする予定で、それを1人コツコツと描いている状態です。それが終わったら、また別の商業作品の演出なのか、コンテなのか、監督なのか……現時点では全く決めてませんが、依頼が来たものの中から選んで、また何年かかけて、アニメーション作品を発表に向けて作っていきます。

そして、今回のインタビューでたくさんお話した『ヒーラー・ガール』のBlu-rayが、上下巻のBOXで2022年7月/9月に発売されます。何度も楽しんでいただける作品になっていると思います。未視聴の方もこの機会に是非お楽しみください。

Healer Girl Bluray Boxes © Healer Girl Project

Blu-ray BOX 上巻イラスト(左から順に)
BOX表1、インナージャケット 表1、インナージャケット 表4

【ヒーラー・ガール Blu-ray BOX 商品情報】

発売日:上巻 7月27日(水)、下巻 9月28日(水)
価格: 20,900円(税込)
収録話数:上巻 歌唱1~6、下巻 歌唱7~12
仕様:キャラクターデザイン・秋谷有紀恵描き下ろし収納BOX・インナーイラスト
発売・販売元:バンダイナムコフィルムワークス
特典等詳細は公式サイトへ https://healer-girl.jp/news/product/143

プロフィール:入江泰浩(いりえ・やすひろ)
アニメ監督、脚本、演出、アニメーター。1989年より中村プロダクションで動画と原画マンとしてキャリアを積み、2001年にOVA『エイリアン9』で監督デビュー。監督作に『KURAU Phantom Memory』(2004年)、『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』(2009年)、『CØDE:BREAKER』(2012年)、『灼熱の卓球娘』(2016年)、『EDEN』(2021年)、『ヒーラー・ガール』(2022年)がある。
2016年より一般社団法人日本アニメーション・演出協会(JAniCA)代表理事。


注釈:

一般社団法人日本アニメーション・演出協会(略称 JAniCA) は
アニメーター及び演出家の地位向上と技術継承を目的とする日本の社団法人。

コンスタントにアニメーションの仕事を続けつつ、代表理事として活動することで、次の世代に継続のバトンを渡したいという入江監督。JAniCAの役割としては、以下があるそうです。

健康保険、労災保険、社会保障の活動。
加入した人たちが、利便性を損なわないようにずっと維持し続けていく、事務的な役割。

アニメーターの技術と知識を上げるためのデッサン会、クロッキー会、パース講座、人体解剖学を開く活動。

アニメーターとアニメ業界に関わる人たちの収入がとても低い状態について、改善に向けて政治家や役所の人とコンスタントにコミュニケーションを取っていく活動。

詳しくは:http://www.janica.jp/