世界から見た『天気の子』に関する5つの事実
ブログ Text_遠山 怜欧
2019年09月11日
新海誠監督の映画『天気の子』は、日本国内の累計観客動員数1000万人を超え、興行収入も140億円以上を記録した、押しも押されぬ大ヒットアニメーション映画。第43回日本アカデミー賞では最優秀アニメーション作品賞と最優秀音楽賞をダブル受賞しました。『天気の子』の躍進は日本国内にとどまらず、アメリカのアカデミー賞国際長編映画賞(旧外国語映画賞)部門でのノミネート、カナダのトロント国際映画祭(TIFF)への出品に加え、世界140カ国以上でも公開されました。
今回はそんな『天気の子』と新海誠監督について、海外(特に北米)の視点からどのような見方や評価があるのかを検証しつつ、制作の裏側も覗いてみました。
『天気の子』は、2016年の大ヒット作『君の名は。』の精神を受け継いでいます。 2019年に、スタジオ・ジブリの『千と千尋の神隠し』が中国で再公開されるまで、『君の名は。』はアニメ映画としても、日本映画としても、史上最高の興行収入をあげた映画でした。
『君の名は。』と『天気の子』にはいくつかの共通点があります。
一つは、『君の名は。』も、『天気の子』も、東京の街を描いたアニメーションであることです。共に、写実主義的でありながら、同時に幻想的な描写が目を奪う素晴らしいアニメ映像になっています。フォーブズの批評家オリー・バーダー氏は「新海監督の他の作品と同じように、『天気の子』のアニメーションは驚異的であり、独創的な方法で東京の描写に生命を吹き込んでいます(英文)」と言っています。アニメファンにはおなじみの、監督の精緻な背景や建物の描写は、現実の場所に忠実で、作品のストーリー展開上でも極めて重要な役割を果たしています。
二つ目は、『君の名は。』も、『天気の子』も、超自然的な要素を背景に少年と少女の出会いの状況を追っているところです。『天気の子』では、高校の新入生森嶋穂高が、小さな島の町を抜けだし、陰鬱で暗い東京へとやってきます。たちまち無一文になった彼は、孤独な路上生活を始める。そして、ある日、雲を晴らし、雨を止める力がある同い年の少女、天野陽菜と出会い、物語が転がります。
三つ目は、全てのサウンドトラックを稀有なロックバンド「RADWIMPS」が作曲している事実です。彼らのサウンドがあるとないとでは映画の見え方は全く異なります。「RADWIMPS」 が生み出す音楽は、『君の名は。』でも、『天気の子』でも、その映像と融合し昇華され、心を揺さぶる映像体験に繋がっています。
最後は、 『君の名は。』も、『天気の子』も、絵コンテ(ストーリーボード)制作には、Toon Boomの絵コンテ作成ソフト「Storyboard Pro」が活用されていることです。この絵コンテ作成ソフトは、映画監督および脚本家がプロジェクト用の絵コンテをスケッチし、計画し、洗練させる作業を、単一のツールによってすべて行うことができるもの。詳しくは後半部分で触れていきますが、この絵コンテ作成ソフトが『天気の子』のクオリティーに貢献していることは明確な事実です。
それでは、ここからは『天気の子』についてさらに詳しく見ていきましょう。
『天気の子』について知っておきたい5つの事実
1.『天気の子』の興行収入は、前作『君の名は。』を軽々と越えた
越えたのは、国内公開からわずか3日後のことでした。新海監督のこの長編映画は3日間で115万人もの観客を動員し、国内での最初の週末の興行収入は16億4000万円(1500万ドル)にのぼりました。これは2016年の『君の名は。』に対し、28パーセントもの増加を表しています。前作と比べ公開映画館が21パーセント増え、上映スクリーン数が49パーセント増加したこともその理由の一つでしょう。さらに、前作の人気もこれを後押ししています。『君の名は。』の成功。それをうまく引き継ぐ形での『天気の子』の制作と公開。全ては、新海監督とそのスタッフの力の結晶です。
2.『君の名は。』への批判は新海誠の創造的な過程に影響を及ぼした
『君の名は。』が日本国内のみならず、世界各国でも観客動員や興行収入で大ヒットを収め、世界中のアニメファン、映画ファンに支持された一方、映画の批評家からは別の意見も上がりました。新海監督は居酒屋で映画について批判的な声を聴いたり、道すがらでそういった声を聞いたり、家族とテレビをつけると有名人が作品を誹謗するのを見るようになったと言います。この経験が、実は『天気の子』にも影響しています。
監督はジャパン・タイムズの取材に対し、「私は自問しました。『私は、批評家が支持する映画を作るべきか、あるいは批評家がさらに嫌う映画を作るべきか』」と述べています。 幸運にも、彼は後者に心を決めました。
彼は「批評家がさらに強く反応する映画を作る必要があると考えました。『君の名は。』への嫌悪を通じて、実際に自分が何がしたかったかをより明確に理解できました。」 と語っています。より重いストーリーである『天気の子』は、 人間自身の気候変動への影響をためらわず扱い、また個人的な欲求が社会的な欲求よりも重要になりえるかを描いています。
3.東京の「アニメーション化」
『天気の子』のロケハンには2か月ほどの時間がかかったそうですが、東京を訪れたり、住んだりしたことがある人にとっては、見覚えのあるおなじみの場所が数多く登場します。新宿の高層ビル群から、東部の神社、東京湾近くのベイエリアなど、東京のさまざまな側面を捕らえたディテールが、映画のプロットに大きな役割を果たしています。
ジャパン・タイムズによれば、新海監督は「アニメーションのディテールが見る人を物語により深く結び付ける」と述べています。そして、「あたかもこれが今まさに私たちの世界の中で起こるものかのように観客に感じてもらえることを望みます」とも。「それは、我々と全く関係のないフィクションではありません。それは、今ここで起こっています。」と語っています。
『君の名は。』の中で描かれた明るくキラキラとした素晴らしい東京のストリートとは対照的に、『天気の子』では、東京は暗く湿った天候と感情の両面で陰鬱な街として描かれています。映画で最も重要な建物の1つは、代々木会館という非常に古い建物ですが、それも実際に存在したものでした。建物の屋上に神社はありませんでしたが、そのリアリティーは現実としっかりと繋がっていました。(残念ながら、すでに取り壊し工事が行われています。)
4.絵コンテ作成ソフト「Storyboard Pro」が、制作をサポート
『君の名は。』と同様に、新海監督は『天気の子』でも絵コンテ作成ソフト「Storyboard Pro」を絵コンテ制作、およびビデオコンテ制作に使用しました。
監督が前作『君の名は。』の制作前に絵コンテ作成ソフトを探していた時、いろいろ試して、行き着いたのが「Storyboard Pro」とのこと。「ひと通りいじってみて、それでもやっぱり最終的に自分が求めてる機能を全部揃えてるのはStoryboard Proでした」と述べています。機能面では「Storyboard Proで一番気に入っているのが、描画時の描く動作がすごく軽いところです。他の画像編集ソフトで描くよりStoryboard Proで絵を描く時の方が気持ち良かったりします。」とアニメクリエイターならではの評価もいただき、また、「紙を使ったアニメ制作のパイプラインと同じようにカスタマイズできる描画ツール」や「編集の容易さ」、および「製作チームとの共有を容易にするオーディオ付のビデオコンテ」のような効率的で創造的な機能が気に入っている、とも語っています。さらに、監督は「絵コンテって映画制作の1番最初の入り口にもなるんですけど、入り口から1番最後の出口の編集の直前のところまでStoryboard Proで面倒見ることが出来るので、愛着が湧きます」と、お気に入りの絵コンテ作成ソフトであることまでこっそり教えてくれました。
新海監督とアニメ制作の業界標準ソフトウェアとも言える「Storyboard Pro」が出会ったことは偶然ではなく、これからの新作でもさらなるサポートと協業が行われていくでしょう。
5.日本アニメとしては、20年以上ぶりにアメリカ「アカデミー賞」ノミネート
『天気の子』は第92回アカデミー賞国際長編映画賞(旧外国語映画賞)部門の日本代表として出品されました。アニメ作品がノミネートされたのは、1998年の宮崎駿監督(スタジオ・ジブリ)『もののけ姫』以来の出来事です。これは、多くの映画ファン、アニメファンにだけでなく、評論家や映画関係者からも多大な評価を受けたということ。残念ながら受賞には至りませんでしたが、この挑戦には、新海誠監督に加え、プロデューサー川村元気 、キャラクター・デザイナー田中将賀(『君の名は。』にも参加)、作画監督田村篤、および美術監督滝口比呂志、プロダクション会社Story Inc. とアニメーション・スタジオCoMix Wave Filmsの各メンバーらも一丸となって挑みました。
新海監督らの弛まない前進と絵コンテ作成ソフトをはじめとするサポートツールの着実な進化。互いの良き影響と循環が、未来のまばゆい新作を生み出します。心して、新作を待ちましょう!