アニメ制作の未来を切り拓くために。アニメスタジオのデジタル化でいくら儲かるか、具体的に試算してみた。

ブログ Text_遠山 怜欧
2023年08月03日

アニメ制作の未来を切り拓くために。アニメスタジオのデジタル化でいくら儲かるか、具体的に試算してみた。

アニメスタジオのデジタル化。言葉としては聞く機会は数多くあります。
でも、経営的な視点やビジネス的な視点で見たらどうなのか?
今回は業務上の実数字を出しながら、具体的な試算をしてみました。

「フルデジタル」とは、全ての作業をパソコンを中心としたデジタル機器の中で行うアニメ制作手法のこと。アニメスタジオのデジタル化は、メリット、デメリット、両面がありますが、全体として考えてみると、実はメリットの方が多くあります。

制作のデジタル化は、アニメ制作システム再発明の絶好の機会

「アニメ制作の未来を考えるために、目の前にあるアニメスタジオの課題を考えてみた。」で触れたスタジオの状況を踏まえながら、少し歴史を遡りつつ考えてみます。

デジタル化には、1960年代後半に東映動画によって発明された大量生産アニメの制作フローと同等の意義があります。 当時、漫画映画の監督を引き受けた高畑勲は、多くのスタッフが参加し分業を行う制作の欠点を補うべく、今でいう「レイアウト」と「動画検査(動画チェック)」というシステムを発明し、制作フローに導入しました。 それまでは、絵コンテはシーン毎に担当アニメーターが描いていたため、作画のクオリティにばらつきが出る傾向がありました。そこに絵コンテから原画の総合的な見取り図となるレイアウトという作業を加え、信頼のおける宮崎駿に担当させたことから、作品全体のクオリティが統一され齟齬が出なくなりました。同様に、作品の素材が、原画をこなす腕の良いアニメーターを離れ、「彩色を行う仕上げを経た時に発生するリスクのあるクオリティの低下」に関しても、動画検査がしっかりとチェック機能を果たしました。 当時はアナログであるため、こうした「発明」は、宮崎という才能の陰に隠れてしまうきらいがありましたが、概念としてのレイアウトや動画検査は紛れもない「装置」であり、「発明」でもありました。

今日、私たちは「デジタル化」によって同様の機会を得るチャンスを目前にしています。プリプロダクションのデジタル化は、企画開発時にプロデューサーの強い味方です。

現在、アニメ企画のおよそ半数はマンガ原作。マンガには映画の撮影技術レベルの構図取りが効いていますが、裏を返せば、マンガのコマ割りをそのまま絵コンテに当て込んでみれば、それなりに成立するということになります。実際、元請けスタジオでマンガをスキャンして絵コンテに貼り付けて当たりを付けるケースは少なくありません。 ここでデジタル絵コンテ・ツールを使えば、マンガをスキャンして、コマ毎に連番でタイムライン上に配置し、カメラワークをつけて、タイミングを付けることまでできます。従来の縦置きの絵コンテのフォーマットでPDF出力することができるし、そのままビデオコンテ(コンテ撮)として企画案の映像化もできるのです。

Animation production manual vs digital

紙の絵コンテより、デジタルの方が圧倒的に取り扱いやすい。

仮に、制作会社のプロデューサーが製作委員会に企画を提案できる場を得たとしましょう。絵コンテの代わりにビデオコンテで話ができれば、会食中にもiPadで見てもらうこともできますし、理解してもらう速度と確度が格段に違います。

漫画のスキャンからビデオコンテ出力までにかかるのは、ソフトの年間ライセンス5万円と仕事で使っているPC、そして企画プロデューサーの労働時間のみです。これを高いと感じられる方はいるでしょうか。 紙の絵コンテの場合を考えてみましょう。 企画や絵コンテに承諾がおり、実際にこの制作スタジオが案件を元請けとして受注できたとします。早速プリプロに入って、脚本やキャラ・デザインが上がり、5週間後に絵コンテ1話分が上がってきます。明後日、製作委員会に絵コンテを配布する段取り。まずは制作の担当者が絵コンテ100~120ページをスキャンして、連番画像のネーミング・ルールを決めて、画像の調整をしてPDF化します。全ページに抜け漏れがないか確認し、プリント・アウトするか、データとしてプロデューサーに手渡します。確認後、修正があれば演出または監督に戻して修正してもらい、制作が改めてスキャンをしてプリントまたはデータ化。OKが出れば製作委員会のメンバーに配布するという手順です。

Image

絵コンテだと伝わらない場合もあるため、コンテ撮を行う場合も多々あります。社内で制作が編集ソフトを使ってコンテ撮を作る場合もあれば、外注に出す場合もありますが、時間的コストと外注費用のコストがかかります。

その後、製作委員会から例えば20ページの修正が入ったとします。制作は修正部分をハサミで切り取ってから、元の絵コンテに糊付け、そして、再びスキャンして内容を確認することになってきます。

絵コンテの承認だけでもこれだけの工数がかかります。プロデューサーに演出や監督との修正を巡る調整の時間がかかるほか、制作担当者の労働時間とスキャンとプリント・アウトに使われる作業時間と紙などの原材料費、絵コンテを送る郵送料、場合によってはコンテ撮のコストまでがどんどん積み上がってゆくことになります。

下請仕事のデジタル化

制作スタジオのプロデューサーにとって最大の課題は、、いかに多くの仕事を取りつつ、確実に納品を繰り返してゆけるかということです。ただ、そのコストと収益のバランスが見合わないことも多々あります。 特に下請スタジオの場合、元請スタジオがマージンを取った後のギリギリの制作費が降りてくることも少なくないからです。

Tired Person

ここで、「アニメスタジオのデジタル化」の制作フローを採用することで、制作費から下請スタジオが少しでも売上を生み出す予算組みをシミュレーションしてみます。

条件は二つ。

  1. 下請といってもどのパートを受注しているかはケース・バイ・ケースなので、ここでは作画パート全部を含めた「グロス請」で試算。
  2. 「フルデジタル」というのは、絵コンテにはStoryboard Proを、作画にはHarmony Premiumを使い、紙を一切使用しない制作フローのことを意味しています。そして、Harmonyの「原画・動画・仕上を一人のアニメーターが作業することができるワンストップ・ツール」という利点を生かして制作。

作画パートのグロス請でシリーズもののアニメを1話受注したとします。実費の制作予算は466万円ほどだと考えると、スケジュール感は、1話の作画パートを2ヶ月で完成させるイメージ。制作は「1日8時間を2ヶ月+トレーニング期間1週間」合わせて月額22万円で、拘束できるアニメーター4人で行います。ここでプロデューサーは、しっかりと近い将来の展望を表明しておくべきです。 グロスでもう1話請けられるようになれば、拘束されるアニメーターの給与は月々28万円にアップする。初めの1話では、彼らのトレーニング料が発生してしまうため、お互いのメリットのために折れて欲しいと交渉する必要は出てきます。制作はあらかじめ演出には演出料30万円でオファーし、およそ5週間かかる絵コンテ作業を前倒ししてはじめてもらう想定です。

Estimate of manual animation production

次に、4人のアニメーターがフルタイムで使用するPCとタブレットを購入します。Harmony Premiumをスムーズに稼働できるDellのPCとWacomの液晶タブレットで25万円。それが4人分で100万円。 デジタルツールを体得する上で必須なトレーニングは一日あたり13万円くらいと高価ですが、10名まで一緒に受講することが可能です。Storyboard Proであれば1日で充分。これらに加えてStoryboard ProとHarmony Premiumのライセンスもプラスします。当面は割高ですが、月額のサブスクリプション版を選択。全てデジタル化・内省化すれば、制作進行は1話につき一人で間に合うはずです。

Estimate of digital animation production

機材とソフトウェアを習得した演出はStoryboard Proを使って絵コンテを切ることになります。演出の作業はというと、まず該当する脚本をWord文書から抜き出して、タイミングの当たりを付けたコマのダイアローグ上にコピペ。演出は次にセリフを声に出して仮読みして、タイムライン上に録音します。

Wacom Cintiq Pro

カットの足し引きを終えてから、カット内のコマを引き伸ばしたり詰めたりしてタイミングを合わせ、それからコマ毎にざっくり絵を描いていきます。全体のカット数とタイミングが決まったら、絵のクオリティを上げていき、最後にカメラワークを追加して、質感までしっかり確認します。

ビデオコンテとして出力し、監督やプロデューサー、元請の承認を得たら、そのまま Harmonyにエクスポートしてレイアウトに持っていきます。次はレイアウトと原画を担当するアニメーターの出番。 ここでデジタルの制作フローにおける最大のメリットの一つが、絵コンテが完全にフィックスしていなくても、カット毎にレイアウトの作業に入れたり、リテイクがあっても同じプロジェクト・ファイル内ですぐに修正できたりする柔軟性があることです。スケジュールの都合やスタジオとの契約に応じて、絵コンテを進行しながら、上がった部分からレイアウトとラフ原画に入ることができるのです。

Wacom Cintiq Pro

「アニメスタジオのデジタル化」でアニメーターの生産力は飛躍的に向上する(ハズ)

ここでアニメーターの生産力を考えます。 アジア各国の実績を引用すると、Harmonyに慣れたアニメーターであれば、日本のアニメのスタイルでクオリティを保持した状態で、原画、動画、仕上までを1日で6秒分、完成できる計算になります。

Asia digital animator one-day workflow

1人1日6秒を4人のアニメーターが行えば、1日で24秒の作画パートが出来上がってきます。2ヶ月あれば、たった4人のアニメーターが1話分の作画パートを完成できることになるのです。

Animeting process with four animators

紙作画や紙とデジタルが混在した作画の制作フローで、なおかつ分業方式でアニメーターを集めるとなると、これまでは1話で30人以上関わることもありました。それと比べると、完全デジタル作画はミニマムな関係者数と相当なスピードをたたき出すことが可能になります。演出の意図や作業内容を伝達するコミュニケーションという観点からも、確実に、より深く、細かく伝えられます。

一見、フルデジタルの制作フローを導入することは、機材を購入したりトレーニングを受講したりと、支出が増えそうに思われがちですが、いざ試算してみると、紙や部分的にデジタル作画を用いた分業とほぼ変わらない実情です。

この試算では管理費10%もすでに計上しているので、経理担当者の同意も得られると思います。 もちろん、試算と現実には多少の乖離はあるだろうし、全てが計画通り進むという保証はありません。しかし、デジタルの良さは、初めギリギリの経営になったとしても、ノウハウやバンクとなる素材が蓄積し、グロスでもう1話を受注した時には、機材とトレーニングの支出に悩まされることがないため、かなりの売上が見込めるということになっていきます。反対に、紙の制作フローであれば、2話でも3話でも売上の割増は期待できないのが現実です。

Initial investment and return graph

元請案件のデジタル化:そしてさらなる創造性をめざす。

コンピュータやタブレット、そしてソフトウェアの購入費は、スタジオの方針にもよりますが、素材の保管などに必要なサーバーなどの設備投資と比べて、案件に落とし込んだ支出として計上しづらい状況にあります。複数の案件の受注を見越して購入したとしても、作業者が社外のフリーのアニメーターだった場合、いったいどこまで使用され、効果を生み出したかを計りづらいこともありました。コンピュータやタブレット、そしてソフトウェアは償却資産として減価償却されるため、税務面でも次第に負担が軽減されていきますが、年数に引き伸ばされた支出に対して、案件毎の費用対効果がどこに見出せるのかの判断が難しいというのもあります。 そこで今回のシミュレーションは、機材とソフトウェアの購入やトレーニングの費用に加え、アニメーターへの謝礼は業務委託あるいは社員に発生する月単位の給与として計上し、1話分の予算内に収まるようにしてみました。下表を見てください。

Long term estimate for one episode production

元請として案件を引き受ける際の1話あたりの制作費は1300万円としています。早速、予算組みを練ってみますが、デジタルを導入しようとする第1クール目にいきなり直面する問題は、将来を見越してデジタル要員を何名ほど揃えれば良いかという問題です。繰り返しになりますが、Harmonyを使いこなせるようになれば、日本のアニメ・スタイルの22分/話の作品を、原画・動画・仕上までアニメーター1人あたり1日6秒生産でき、アニメ1話につき、8人月となります。つまり作画パートを1ヶ月で1話完成させるには8名必要になりますが、元請け仕事であれば各話の整合性やクオリティ維持にかける時間、さらに2話分の制作が重なることも考慮し、ここでは10人月としておきます。

1話10人月で計算をしたいため、まず機材10セットと10人分のトレーニングを実施します。試算表では、この段階でも、作画と動画と仕上はフリーランサーが通常の紙で行うのと、着彩する作業を仕上スタジオに外注するための枚数分をかなり保ってあります。撮影はAfter Effectsの撮影スタジオに外注。 これによって、いつも通り紙で作画しながら、ソフトウェアを習いつつ、デジタルで描くことにも挑戦できます。試算表で軽減されているのは、作画・動画・仕上の紙とプリント代のわずかな削減がメインでありますが、それでもデジタル化に必要な機材とトレーニング費用が充分まかなえていることがわかります。

次の二つの表は、継続して2クール目、3クール目を元請で受注した場合です。結論からいうと、クールを経る毎にデジタル化によって制作費から売上が発生しています。

Estimate one episode production

第2クールでは、原画と動画がデジタル化しています。仕上はまだアニメーターが慣れていない可能性を考慮して、仕上会社に外注。撮影はHarmonyに移行すると、After Effectsと同等かそれ以上の撮影と効果が期待できますし、インポートやエクスポートの手間が減るからスピードも上がります。そのため第2クールでは、撮影をHarmonyで行います。3人の撮影班を制作フローに追加し、新たに3セットのPCとタブレットを購入し、撮影も含めて、継続的にトレーニングを行い、さらにライセンスもプロパーで購入しながらも、すでに1クールあたり820万円近い売上が生じています。

これを売上として会社に納めるか、それとも凄腕アニメーターに総合演出として参加してもらい、外連味を加えて作品のクオリティを高めるという選択肢も充分考えられます。

最後のクール。ここでは仕上も含めて、作画パートは全てデジタル化されています。それに応じてアニメーター1人あたりの給与も増加。このように、アニメスタジオのデジタル化が進めば、進行管理と素材管理は最適化されるため、制作進行の数は減っていきます。

一つの項目で初出なものがあります。それは「リグ」の外注です。北米や欧州そして一部のアジア圏では、カットアウト・アニメーションが作画アニメーションと同等かそれ以上にポピュラーな制作手法となっています。

カットアウトとは、キャラクターのモデルにあらかじめ動かすための支点や骨となるものを構築し、タイムライン上で動かしてゆくという手法。キャラクターをいくつかのパーツに切り分けて影絵のように動かすためそう呼ばれています。この手法では、一度キャラクターが設定されると、いちいち作画でコマごとに描いてゆく必要がないため、かなり効率化が見込まれます。

過去の実績やアジア圏の現状を鑑みるに、カットアウト・アニメーションのアニメーターの1日あたりの生産量は8秒以上。1話あたり8人月。つまり生産性を考えると、1話あたりにかかるアニメーターの人数は1ヶ月で8人ということになります。日本のアニメ・スタイルであれば、シンプルなキャラクター、引いた絵、プロップ、それからモブなどはカットアウトで作っておき、寄りの絵は作画で行うなど、住み分けが期待されるところです。それによって表現重視のカットと効率重視のカットをうまく混ぜることで、作画とカットアウトの利点を活かすことができるのです。

Hybrid animation

カットアウトに使われる2Dリグの話に戻ると、リグを構築するにも扱うにもトレーニングは必要です。初めに使い始める時にはリグの構築を外注して、学びながら扱ってアニメーションしていく制作フローが妥当だと思います。 このクールではカットアウトのトレーニングやリグの外注も入れていますが、さらに次の元請仕事が入ってくれば、この知識を活かしながら、表現に力を入れたい部分と効率化したい部分をうまく両立することができるはずです。

まとめ

本稿では、アニメスタジオのデジタル化、具体的には以下の三つのデジタル化の利点を紹介してきました。

一つはプリプロのデジタル化による企画開発時の負荷の軽減と企画の提案力が増強されるケース。次に、グロス請に内在する限界レベルの低予算という課題に向き合いながら、作画パートを全てデジタル化した場合のメリットを予算表を見ながらシミュレーションしたプロジェクト。そして最後の元請の場合には、従来のアニメの制作フローに基づいて、初めに部分的にデジタル化を行った場合です。そして、次第にさらなるデジタルの効果を得るため、作画パートのフルデジタル化による効率化のほか、カットアウトという海外で主流のアニメーション制作手法の部分的採用による表現性の上昇と効率化の可能性にまでも触れてきました。

アニメスタジオのデジタル化は、私たち制作者側の重要な武器になります。効率化やコストダウンはもちろん、表現力のアップにもつながる可能性を秘めています。デジタル化を加速し、アニメ制作の明るい未来を一緒に切り拓いていきましょう!